大野木工の歴史

岩手県北部に位置する洋野町大野地区(旧大野村、現在の洋野町大野)。長い間「出稼ぎ」が多い地域でした。自然に囲まれ、主要産業は農業。しかし、北上高地の山間にあって耕作地は少ないうえに、海から吹く冷たく湿った風「ヤマセ」により、夏の低温と日照不足を避けられない土地。当時は村全体として稲作、畑作ともあまり適さず、1年を通しての出稼ぎが多い村でした。

大野「一人一芸の里」のはじまり

今から約四十年前の1980年、当時のそんな状況を変えるために、東北工業大学の教授(工業デザイナー)として活躍をしていた故・秋岡芳夫氏を中心として「一人一芸」運動が始まりました。

 

大野村を調査し、山にはアカマツやトチ、ケヤキなどの良質の木材資源が豊富なこと、当時、出稼ぎでは大工が多く、腕のいい大工が多いことなどから、木工製作を中心とした新しいまちづくり「一人一芸の里」の提唱され、様々な取り組みから今のように「大野木工」として知られるようになりました。 

「大野木工」の材料は北上山地で育った丈夫な樹々

三本木の器は北上山地で育った丈夫な天然無垢材。

 

無垢の原木から切りだされる器は、日本の四季から生まれる自然ならでは美しい木目。その原木は岩手のきびしい風雪の季節を耐え育った樹々。

花が咲く温かい春、山々を湿らす湿った梅雨、冷たく乾いた風に葉が色づく秋、風雪にさらされる厳しい冬。 

少しずつ年輪を刻み、木は強く逞しく

 

一年にこんなにも気象条件が変わる四季を持つ国は日本しかありません。さらに東北、北海道は冬が長いため、少しずつしか木は大きくなることが出来ません。春夏秋冬を何度も何度も越え、少しずつ年輪を刻み、木は強く、たくましく育ちます。 

 


天然、自然の年輪だから全く同じ文様はありません。ひとつの大野木工ができるまでには数カ月という時間が必要です。木を選別し、いちばん重要な木の乾燥、ろくろでの削りだし、塗装仕上げまでと、シンプルな造形裏には長い時間が流れています。

ずっと永く使っていただくために

大野木工の木の器は、木目の美しさを生かし、木のぬくもりを感じさせるシンプルな形が特徴。

 

ずっと永く使っていただきたいので、プリポリマー樹脂含浸加工で仕上げます。一点一点含浸加工を施し、丁寧に自然乾燥をさせて完成となります。

 

 

この仕上げにより、水や油にも強く、気軽に普段使いいただけます。

耐久性、安全性、保湿性にも優れ、いつでも気軽に、長く使っていただけるよう仕上げています。

 


「もの」を大切にする心を育む器

椀・皿・サラダボールなど木の食器が作られ、学校給食にも導入され、また食育や情操教育の観点からも保育園などにも使われるようになり、「大野木工」は全国に知られるようになりました。

 

柔らかくて、優しい気持ちになる

  実際に木製給食器を使ってみると、ステンレスやプラスチックのカサカサしたり、冷たかったり、食器と金属スプーンが触れたときの不愉快な感触がなく、木製食器はさわり心地がよい。子供たちに、木の器について聞いてみると「模様(木目)や色が違う」「いつもより高級な感じがする」「柔らかくて、優しい気持ちになる」という返事が返って来ました。

 

大切な子ども達だから伝えたい

  子ども達は言葉で教えられなくても、実際にその小さな手で感じ、木の温もりを感じています。普段の生活の中で、手間暇をかけて作られた「ホンモノ」に触れる機会があることは、子どもの感性を磨くのに役立つ時間になっているのではないでしょうか。

 落としても壊れにくい、熱いものを入れても手が熱くない、などの木製ならではの良い点の他に、なにより、子供の頃から、プラスチックなどではない【本 物】に触れられることが大事ではないでしょうか。 ちゃんとした器での食事、使用経年による愛着、ものを大切にする心、「もの」への愛着の醸成など「子供の価値観の形成」「食育」に大きく関わるともいわれています。